難民映画祭レビュー「とらわれて~閉じ込められたダダーブの難民~」
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が毎年実施している難民映画祭(http://unhcr.refugeefilm.org/2017/)。
今年は私の古巣ダダーブ難民キャンプを取り上げた映画が上映されていたので、見に行ってきました。
日本語で「とらわれて~閉じ込められたダダーブの難民~」と題されたこの映画は、キャンプで暮らす難民やキャンプで支援活動を行うUNHCR職員、第三国定住でアメリカに渡った元難民、そしてジャーナリストや研究者らに取材した内容をまとめたドキュメンタリーです。製作国はアメリカ。
日本語紹介ページ:http://unhcr.refugeefilm.org/2017/movies_detail/movie_d/
映画ウェブサイト(英語):https://warehousedthemovie.com/
原題は「Warehoused」。Warehouseは倉庫のことですから、邦題「とらわれて」よりも、もっと無機質なところに非人間的に閉じ込められている印象を受けます。
映画はダダーブ難民キャンプで暮らすあるソマリア難民男性を軸に展開します。
男性がまだ小さな子どもの頃、彼の家族はソマリア内戦を逃れてダダーブに避難しました。
しばらくして家の様子を見にソマリアに戻った父はそのまま戻らず、後になって亡くなったという知らせを受けます。
彼は家計を助けるためにこっそり家出してバスに乗り、ケニアの首都ナイロビに向かいます。そこで彼は、難民である、すなわち不法就労者であるということにつけこまれ、ただ働きさせられてしまいます。
助けに来た知人と一緒にキャンプに戻った頃には、家族はアメリカへの第三国定住の審査に入っていました。審査開始時にキャンプにいなかった彼は、その審査対象に入ることを許してもらえませんでした。
家族は、彼を含めた全員で最初から再定住プロセスをやり直そうと言いますが、第三国定住の対象に選ばれるのは宝くじに当たるような幸運。彼は他の家族だけでこのまま再定住の審査を続けるように説得し、家族もそれを了承します。そして、彼一人を残して家族はアメリカに旅立ちます。
ダダーブに残った彼は、NGOの研修プログラムで映画作りを学び後輩に指導したり、新たにキャンプにやって来た難民にあれこれ世話を焼いたりしながら、いつしかキャンプで20年以上の時を過ごしていました。
彼は再び家族と暮らすためアメリカへの再定住を申請し、審査も進んでいましたが、キャンプでの欧米人誘拐事件発生を受けて欧米諸国は慎重になってしまい、審査は事実上中断されていたのです。
彼がひたすら審査の再開を待ち続けていた間にも、長年の友人が第三国定住でオーストラリアに移住できることが決まり、夜明け前のバス停で友人を見送ります。
友人を乗せて暗闇に消えていくバスの明かりは、彼を置いて遠のいていく希望の灯のように物悲しく映りました。
ネタバレになるのでこの後の展開は書きませんが、鑑賞後の感想として「ああ、アメリカ人が作ったんだなあ」と思う映画でした。
映画の中でキャンプ内の学校にカメラが入りますが、かわるがわるカメラに映る難民の子どもたちの多くが「アメリカに行きたい」と口にします。
彼らにとって「アメリカ」とは、「良い暮らし」や「明るい未来」の象徴なのでしょう。
実際、アメリカは第三国定住をとおしたソマリア難民の受け入れ数においては長年世界一なので、ソマリア難民の多いダダーブ難民キャンプで「アメリカ」がそういったイメージに結び付けられているとしても、何も不思議ではありません。
映画では実際にアメリカに再定住することができた元難民も登場します。学校や普段使っているスーパーなど、アメリカでの彼らの日常が映し出されます。
アメリカでの彼らの家は質素なものですが、キャンプの狭い仮設住宅と比べれば立派な邸宅のように見えます。
この映画の中の「アメリカ」はわかりやすい希望の象徴であり、そこでの暮らしについてのネガティブな情報や挿話はひとつもありませんでした。
難民問題についての啓発を目的とした映画なのだから、たぶんそれでいいのでしょう。
映画では、軸となるストーリーを縁取る形で、ダダーブ難民キャンプにまつわる統計的事実や専門家の意見が随所にちりばめられており、ダダーブ難民キャンプについて知り、広く難民問題について考えるきっかけとなるために十分な情報量と、観客を引き込むストーリー性が揃っていると言えます。
私はダダーブ難民キャンプでの事業にしばらく携わっていましたから、人より随分多くを知っているつもりですが、それでもこの映画を見て初めて知ったことはいくらもありました。
最後には事業責任者まで務めたとは言え、日本政府の渡航制限のせいで現地に行ったのはたった5回、滞在期間は全部合わせて2週間程度でしたから、無理もない話です。私は責任者という肩書を背負いながらも、キャンプをじっくり歩き回ることも、自分で難民に話しかけたりすることも、現地のありのままの姿に触れるようなことは何もできなかったのだ、とこの映画を見てあらためて思いました。
だから、キャンプ内外で丁寧に撮影されたこの映画は、難民にまつわる客観的な情報源として、そしてまた、1人の難民の半生に寄り添った物語として、とても優れていると思います。
しかし欲を言えば、この2017年にアメリカで作られた映画であるなら、トランプ政権下のアメリカで白人至上主義が再燃していることや、ビザ関連政策の転換を受けて移民が逃げ出していることなど、昨今のアメリカ社会の変化が「アメリカに再定住した元難民」にもたらしうる影響について少しでも触れていれば、もっと視野の広くて深みのある作品になっただろう、と思います。
とはいえ、難民問題についての啓発作品としては十分な役割を果たしていると思います。
日本では難民映画祭で初めて上映された作品で、今後上映されるかどうかはわかりませんが、上にもリンクを貼った映画ウェブサイト(英語)から動画の購入が可能です。もちろん日本語字幕はないと思いますが・・。
簡単なレビューでしたが、ご関心のある方の参考になれば幸いです。
ちなみに、映画にも登場しているBen Rawlenceというイギリス人作家/ジャーナリストがダダーブ難民キャンプについて書いた本が2016年に出版されていますので、リンクを貼っておきます(画像クリックでAmazon商品ページに飛びます)。
こちらもご興味のある方は是非。