書評「動物保護入門」ー日本の動物愛護活動を考える
久しぶりに本を読む時間を取れたので、今日はいちおう書評という形を取って本の紹介をします。
今回読んだ本はこちらです(画像クリックでAmazonの商品ページに飛びます)
「動物保護入門 ドイツとギリシャに学ぶ共生の未来」(浅川千尋・有馬めぐむ著、世界思想社2018年4月発行)
この本は、まず日本の動物愛護(この本では欧米で一般的な「動物保護」という表現を用いています)の現状を、法制度と現場の取り組みを紹介しつつ概観します。そののち、「動物保護先進国」ドイツの例と「動物保護新興国」ギリシャの例を紹介し、最後にその2か国の例に基づいて今後日本が取り組むべきことを提案しています。
ドイツの事例は動物愛護関係者の間でもよく引き合いに出されますので、聞いたことのある人も多いかもしれません。
私も、以前所属していた団体(犬の保護活動を行っていました)がドイツ在住の獣医の方の指導を仰いでいて、実際ドイツの基準に則った施設を作ったりしていましたので、ドイツが動物愛護の世界において手本のように扱われているのはよく知っていました。
他方で、ネット上の議論等を見ていて、動物愛護の話になると決まり文句のように「ドイツでは」という主張を繰り出す人が相当数いることには懸念を覚えていました。
というのも、そいういった主張をする人は大抵、この本でも紹介されている「ティアハイム」という動物保護施設のことや殺処分が原則行われていないことなど、良い面だけを、その背景の指摘もなしに引き合いに出すのです。
この本でも、そういった日本の風潮に対し、以下の記述があります(148~149頁)。
動物保護先進国ドイツは、原則「殺処分ゼロ」である。日本ではこの点が強調され、美化されている面もある。しかしドイツでは、狩猟法にもとづき狩猟動物を保護する目的で、狩猟ができる地域において犬や猫を駆除できるという事実は伝えておかないと公平ではないであろう。…相当数の犬や猫が駆除されている。ドイツ連邦動物保護同盟は、狩猟法によるこの駆除を批判しており、狩猟法の改正を求めている。
このように、「動物保護先進国」ドイツにおいても、今も狩猟法を口実に犬猫が「駆除」されているという現実もあるのです。
外国の良い事例をそこだけ切り取って参照し、それと比較する形で日本の現状を批判することは、動物愛護の推進(つまりある種の社会正義の実現)にとって、あまり生産的には見えません。
動物愛護活動における問題については、このウェブサイトの過去記事(クリックで新しいタブで開きます⇒善人たちの原理主義 -排他的な正義は社会正義の芽を摘む-)でも触れたことがあります。
この記事で書いたように、私は、動物愛護を含む社会正義の実現のための活動は、包摂的で、多様性に富み、誰もが自己犠牲なしに参加できる開かれた活動の場でなくてはならないと考えます。
このような社会正義のための運動は、身近な努力で少しだけ貢献したいと思う多くの普通の人が参加できるものでなければ、大きな社会運動となって政策を動かし、社会変革を起こすことなどできないのです。
この本でも、結びの部分で同じようなことが指摘されています。(153頁)
…日本で動物保護活動をしている人たちのなかには、菜食主義者でないと動物保護をする資格がないという考えの人もいた。ギリシャで取材をした動物保護団体には、徹底した菜食主義の人もいるし、肉食はするが犬猫の殺処分や不必要な動物実験には反対だというように、さまざまな意見の人びとがいる。…激しい議論をしつつも、わだかまりを持たずに一緒に活動している。
気軽に意見を交わして、どこまでを許容するかという線引きは異なっても、まずは動物保護に関心のある市民ひとりひとりが、改善すべきだと思うところから声をあげ、柔軟な協力体制を築いていくことが重要ではないだろうか。
上で指摘した問題にも繋がる根本的な課題として、この本の表題にもある「共生」という考え方自体が、日本には根付いていないように思います。引用続きになりますが、以下、本の146頁から引用です。
日本社会の一部では、まだ「子犬・子猫神話」が根強く、小さくてかわいい犬や猫が好まれる傾向が強い。血統書付きの犬や猫にこだわる人もいる。テレビ番組や雑誌のペット特集などにおいても、飼い主の義務や責任は二の次だ。経済効果が優先され、流行の犬種、猫種など、つくられた感のあるペットブームが演出されている。そもそも、犬猫を飼う際、ペットショップ以外の経路があまり知られていない。結果、モノを購入する感覚で、安易にペットショップなどから動物を飼ってしまうという現状がある。
この背景として、「人と動物の共生」という発想より「愛らしい」「高価なアクセサリー」という感覚が市民の心をとらえがちであることも挙げられるだろう。このあたりは、啓発活動によって動物保護の重要性、人と動物との良い関係性をどう築いていけるのかを粘り強く伝えて行くことが大切である。
ここで述べられているとおり、特に散歩で外に連れ出される犬は、飼い主のアクセサリー、或いはある種のステータス誇示の道具のように扱われている面が強いように感じます。
最近はInstagramなどSNSも普及しているので、猫についても同じ傾向が強まっているのではないかと思います。たぶん、それが近年日本でもてはやされている「空前の猫ブーム」の背景にあるのではないでしょうか。
私の家には今二匹の保護猫がいますが、実際私は「長毛の猫を飼いたい」という子供のころからの憧れに基づいて、引き取る猫を選びましたので、このように「共生」でなく愛らしさに重きを置くような意識からは、私もまるで自由ではないということなのでしょう。
それでも、私には保護猫を引き取るという以外の選択肢は頭からなかったし、特に2匹目の猫については、「他に里親の申し出が来ていない猫を引き取る」という基準で選びました。
自己犠牲を伴わず、自分にできる範囲で動物にやさしい選択をしていくということが、この本でも提唱されている「市民ひとりひとりが、改善すべきだと思うところから声をあげ」るということなのではないでしょうか。
この本で紹介されているドイツとギリシャの事例は、現地取材に基づいていて、写真も紹介されており、とてもイメージが湧きやすいです。
ドイツのティアハイムというのは、日本の動物愛護センター(事実上の殺処分施設)とはまるで違う施設で、そこで保護された動物は、新たな飼い主が現れなければそこで生涯暮らすことができるそうです。
驚くべきは、取材対象となった3大都市のティアハイムでは、9割以上の犬猫に新たな飼い主が見つかるという点です。ドイツでは、犬や猫を迎える時にティアハイムから譲り受けるというのが当然のこととして定着しているということでしょう。
ギリシャの事例は、ドイツのように施設で保護するのではなく、避妊・去勢手術、必要な治療、そして訓練を施したうえで元の場所に戻す、TNR活動の発展版といえる活動です。
TNRは日本でも野良猫の繁殖対策として多く取り入れられていますが、ギリシャでは犬に対してこれを行っているということで、莫大な費用のかかる施設での飼養に比べ実行しやすく、日本でも参考になりそうだと思いました。
ただ、どちらの国でも共通しているのが、各々の施策に対する市民の理解が、その前提として存在するということ。
ドイツの場合はそれが歴史的に醸成されたようですが、ギリシャの場合は、アテネ市役所の主導のもと、愛護団体や関心のある個人との連携の下で、反対派市民に対して粘り強く説明を行い、理解を得ていったといいます。
日本では行政が強いリーダーシップを発揮する例があまり見られないばかりか、民間での動きにもうまく呼応できていないように見えます。
殺処分ゼロを目指す活動やTNR促進活動は全国の色々な地域で色々な団体によって行われていますが、広く日本国民の理解を取り付け、賛同と協力を得て社会変革へと繋げるためには、官民一体となった協調的な運動にある程度収束していく必要があるように思います。
そうでなければ、それは結局、ごくごく一部の心ある人たちの活動としてめいめいに展開され続け、そのような人々の輪の外まで波及するのは難しいように見えます。
小さな意思も、大きな流れとして統合されれば、きっと想像もできないような大きな動きとなって社会を変えていけるのではないでしょうか。
この本には、そのためのヒントが散りばめられているように思いました。
他国の先進事例を美化して日本の現状を批判するのではなく、日本の社会構造や歴史的経緯なども考慮した上で、そうした事例からどのような本質的指針を導き出し、日本にあった施策を形作っていけるか。そういった創造的な議論が、政治家や専門家、大手愛護団体だけでなく、反対派も含めて参加の意思のある市民に広く開かれた形で行われれば、日本らしい形で動物愛護の好例を作り出していけるのではないかと思います。
(この記事で使用した写真は、筆者が2016年11月にケニアで撮影したものです。)
著者のひとり@アテネです。今まで海外から動物保護情報を発信してきたなかで、賛否、いろいろな反響がありましたが、引用していただいた箇所は、それらを踏まえて熟慮して執筆した部分なので、深く読み取っていただき、大変うれしかったです。
「このような社会正義のための運動は、身近な努力で少しだけ貢献したいと思う多くの普通の人が参加できるものでなければ、大きな社会運動となって政策を動かし、社会変革を起こすことなどできないのです」
「小さな意思も、大きな流れとして統合されれば、きっと想像もできないような大きな動きとなって社会を変えていけるのではないでしょうか」 これらもまさに私たちが訴えたかったことです。
「この本には、そのためのヒントが散りばめられているように思いました」 執筆の苦労が報われるご感想をいただき、本当にありがとうございました。一言お礼を申し上げたくて、コメントを書かせていただきました。
コメント頂きありがとうございます。
著者の方に私の拙い書評を読んで頂いた上、とても好意的なコメントまで頂き、大変恐縮です。
アテネの事例はこの本で初めて知ったのですが、有名なドイツの事例と比べて、日本がより導入しやすいモデルなのではないかと思いました。大変勉強になりました。
日本の動物愛護活動の課題のところは、私もささやかながら動物愛護について議論を見聞きしたりする中で色々感じていたことがあったのですが、この本ではそういった課題を背景も含めて丁寧に、かつ冷静に指摘されており、とても心強く思いました。動物愛護に関わる人々が皆このような理解に立って大きな流れへと合流していけたら、日本の動物愛護もずっと良い方向へ変わっていくのではないかと思います。
賛否の分かれる分野ですので、気苦労が絶えないこととは思いますが、今後も海外からの視点で日本の動物愛護について意見を発信してくだされば幸いです。今後も引き続きのご活躍を楽しみにしております。