テロ組織と難民支援 -ケニア・ダダーブ難民キャンプの事例-

/ 10月 11, 2017/ アフリカ情報, 世界/日本社会情勢, 国際協力, 難民

前回の記事はルワンダで書きましたが、三連休の間に無事に日本に戻りました。

さきほど知人のFB投稿で知ったのですが、NHKのクローズアップ現代で難民支援についての番組が放映されたようです。

番組ページ:テロ組織が難民支援をねらう!? ~世界最大キャンプ閉鎖の裏で~

放送は終わってしまっていますが、番組名で検索すれば動画も見つかります。

センセーショナルなタイトルの番組ですが、どんな内容なのでしょう。まずは上記ページから、番組紹介を引用します。

世界の難民や国内避難民などの数は6800万人。難民危機が深刻な中、爆発的に難民が増加しているのが、アフリカだ。そうした中、ケニアでは、世界最大の難民キャンプが「テロの温床になっている」として閉鎖され始めた。国連機関UNHCRは、難民の自発的帰還を支援、多くの難民が内戦の続く祖国ソマリアに戻っている。今回、取材班は、テロ組織の元メンバーにも接触、難民支援の物資がテロ組織に狙われている構図が明らかになってきた。岐路に立つ難民支援の今を考える。

 

「アフリカで」爆発的に難民が増えている、というのは私の認識とはちょっと違いますが(最近最も爆発的に増えているのはミャンマーのロヒンギャ難民だと思われるので)、南スーダンから相当規模での難民流出が続いているのは事実ですから、アフリカで難民生活を送る人が増えているのはその通りです。

そして「閉鎖され始めた」と書かれている「世界最大の難民キャンプ」は、ケニアのダダーブ難民キャンプ、私の古巣です。

実際にダダーブの閉鎖騒動が持ち上がったのは2016年5月ですので、もう1年半も前のことですが、その後時間をかけて難民の自発的帰還が進み、徐々にキャンプの規模が縮小したり支援物資が減ったりしていることを指して、「閉鎖され始めた」と表現しているのでしょう。背景知識のない人には誤解をもたらしそうな表現にも見えます。

参考までに、騒動が始まった頃に私が書いた記事があるので、当時の報道や背景事情などにご関心のある方のために、以下にリンクを置いておきます。

世界最大の難民キャンプの閉鎖 -報道されない難民の声、その帰結-

 

ダダーブ難民キャンプ内に並ぶ難民の小屋。手前の枝は柵のかわり。

テロ組織のメンバーがキャンプで支援物資を「盗む」?

番組紹介に戻ります。後半で、「難民支援の物資がテロ組織に狙われている構図が明らかになってきた」と、番組タイトルにつながる内容が出てきました。

私は実際に番組を視聴しましたが、ソマリアを拠点とするテロ組織アルシャバーブ(※番組では「アッシャバーブ」と呼称されていますが、「アル・シャバーブ」とする方が一般的なので、ここではアルシャバーブとします)の元構成員と名乗る男性が出てきて、キャンプにもアルシャバーブ構成員が潜んでおり、キャンプで支援物資を「盗み」、転売して得た金を組織に流していた、といった証言を行っています。

これについては真偽のほどは確かめようがありませんが、「アルシャバーブ構成員が難民キャンプで難民登録して支援物資を受け取り、それを転売して得た金を組織に流している」ということであれば、何も驚くことではない、というのが私の感想です。

でも、物理的に「盗む」というのはちょっと考えにくいと思います。当然ながら支援団体は支援物資の管理をきちんと行っていますし、特にダダーブ難民キャンプは武装警備員の配置やら武装警察の巡回やら厳しい警備体制を敷いていますから、恒常的に盗難が発生するとは考えられません。

実際、この男性は別の部分で「テロ組織のメンバーは難民キャンプに400人以上はいます」とも証言しているので、おそらく、相当数のアルシャバーブ構成員が、難民登録を行ってキャンプに潜伏しているということなのでしょう(難民登録なしでキャンプに住むのは現実的ではありません)。

そうであれば、危険を冒して物理的に盗みを働く必要はありません。アルシャバーブ構成員であろうとなかろうと、難民登録証を持って物資配布の列に並べば、割り当て分の支援物資を受け取ることができます。

 

ダダーブ難民キャンプ内のある難民の家。自分で土壁を作り、花壇も設えている。

テロリストが難民に紛れているのではなく、難民がテロ組織に勧誘されるのだ

私が一番疑問に思うのは、「テロ組織のメンバー」が(偽装難民として)キャンプに潜伏している、という、この番組が大前提にしている見方です。

人は生まれながらに難民である可能性は十分あるけれども、生まれながらにテロ組織の構成員であることは、特殊な場合(父親がテロ組織指導者、とか?)を除いてありません。

実際、1991年に開設されたダダーブ難民キャンプでは、キャンプ生まれの難民が数多く暮らしています。彼らは難民となってキャンプへ逃れた両親の間に生まれたため、キャンプ以外での生活を知りません。これについては上にリンクを貼った2016年5月の記事でも触れています。

つまり、「難民」という属性と「テロ組織構成員」という属性を比較した場合、特にダダーブ難民キャンプについて話をするならば、圧倒的に「テロ組織構成員」という属性の方が一時的である場合が多いのです。

具体的に言うとすれば、例えば難民登録時に、ある人がテロ組織の構成員ではなかったとしても、その後何らかのきっかけでテロ組織に参加することは十分にあり得ます。

同じように、一時テロ組織に身を置いたとしても、その後の人生を通してずっとその組織の構成員であり続けるとも限りません。現に、この番組で証言した男性は「元」構成員であり、現在は組織を離れています。

これを念頭に置くと、問題の核心は「テロ組織のメンバーが偽装難民としてキャンプに潜伏している」ことではなく、「キャンプで暮らす難民がテロ組織に勧誘(リクルート)されてしまう」ことである、ということが見えてくるのではないでしょうか。

難民キャンプには孤児も多く、仕事につくこともできない若者の多くは時間を持て余し、日々の暮らしや支援のあり方への不満などから国際社会への反発が芽生え、テロ組織に感化されてしまうことも容易に起こりえます。

難民支援について考える時、取り組まなければいけないのは、こういった若者の過激化防止です。それがそのままテロ組織拡大防止、ないしは構成員の摘発、組織の弱体化にも繋がるのです。

 

薪の配布に集まる女性たち。イスラム教が主流のソマリア人なので、色のとりどりベールが目に美しい。

難民キャンプという仮想敵

番組の中で解説の瀬谷ルミ子さんも仰っていますが、特にケニアにおいて、難民キャンプはしばしば政権批判から目を逸らさせるためのスケープゴートとされ、安全保障上の脅威だとして批判の的にされてきました。

番組でも紹介されているナイロビのショッピングモール襲撃や北東部ガリッサの大学襲撃事件は、アルシャバーブが行ったテロ攻撃であり、特にショッピングモール襲撃ではダダーブ難民キャンプがテロリストらの出撃基地となった、という噂も流れるなど、ダダーブはしばしば「テロの温床」と見なされ、もはや仮想敵のように扱われてきた経緯があります。

「テロリストが難民に紛れている」という認識をすることは、ケニア政府のように「難民キャンプは治安上の脅威となるもので、廃止すべきだ」という結論を導いてしまいかねません。

番組で「400人はいる」と証言されているアルシャバーブ構成員に対し、現在ダダーブ難民キャンプで暮らす難民の数は24万人。その多くは女性と子どもです。

ごくごく少数の危険分子のために、24万人の生活が揺さぶられてしまっているのが現状です。

実際、支援物資の減少を受け、よりよい生活のために自発的にソマリアへ帰還したという女性は、番組の中で後悔を滲ませていました。キャンプの閉鎖騒動などなければ、彼女と彼女の子どもたちは今も従来どおりキャンプで最低限の物資と安全を享受できていたはずです。

必要なのは、難民をひとまとめにして仮想敵とみなすことではなく、テロ組織構成員の摘発を容易にするようなネットワークやしくみづくり、そして上記でも述べた過激化防止のための啓発であるはずです。

 

ダダーブ難民キャンプ内で、海外からの視察団の周りに集まる難民たち。

難民への支援のために

国際的な取り決めに則り、難民の帰還はあくまで自発的である必要があると定められています。番組で紹介されているように、UNHCRは一時金の給付や飛行機の手配といった支援はしますが、本人らの帰還への意思が大前提です。

そうは言っても、この番組で紹介された女性のように、支援物資の減少という物理的なプレッシャーを受けて帰還を決意する場合、それは果たして自発的と言い切れるのでしょうか?

他方で、支援を行う側も無尽蔵に資金を持っているわけではありません。UNHCRを含む国連の資金は主に加盟国から拠出されるものですから、それはつまり国際社会の意思に左右されるということです。

目新しい危機や距離的に近い地域での危機には資金が集まりやすい一方、ダダーブ難民キャンプのように何十年も存在している「長引く危機」に対しては、国際社会はあまり関心を払いません。

それはただ「長引く危機」であるだけでなく、世界の大部分にとっては、もはや「忘れられた」危機なのです。

 

私がNGOで働いていた時分、国内、あるいはアジア地域で自然災害が起きるとみるみる寄付が集まりました。場合によっては、適切な使い道を考え出すのに頭を捻らなければならないほどでした。

こういったことは、アフリカの人道危機に対しては決して起こりません。

アフリカは日本から遠すぎ、また、数十年にも及ぶ難民生活は、ただ純粋に日本人の想像力を超えているのでしょう。

それでも、知らなかった事実を知ることは、より豊かな想像力の土台となるはず。

私は、この文章を書くことで、これを読んでくれる日本の人々の想像がより遠くまで及ぶように、できればアフリカの荒廃した土地で日々命を繋ぐ人々への関心に繋がるように、と願うのです。

 

 

(この記事で使用した写真は、いずれも筆者が2016年9月にダダーブ難民キャンプで撮影したものです。

ちなみに、番組内でダダーブ難民キャンプの「既に閉鎖された区画」とされる映像が映り、「テロリストの利用を防ぐためテントは破壊されていました」と解説が入っていましたが、もともと枝を組み上げただけの小屋が多く使われていたので、わざわざ破壊せずとも、放置すればあの映像のような状態になると思います。)

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